2011年1月16日 (日)

【かつみプロフィール】

Katsumiこんにちは。かつみまさひろです。

ブログや写真サイト、Twitterなど、いろいろなサイトをまとめて紹介する場が欲しかったので、ここをまとめポータルとして使おうと思いました。プロフィールもまとめました。よろしくお願いします。

【Twitter】主になんちゃってニュース【虚報】を配信してます。
Twitter_logo_header http://twitter.com/mskatsumi

【Flickr】趣味で撮っている写真のサイトです。
Flickr http://www.flickr.com/photos/katsumikatsumi/
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【iPhone写真】iPhoneで撮った写真のサイトです。
Iphonefoto http://katsumino.exblog.jp/
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【ブログ】ここのブログです。Kaleido1
http://agamemnon.cocolog-nifty.com/katsumi_kaleidoscope_blog/
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【プロフィール】
かつみまさひろ
東京都新宿区
AB型

写真、音楽、映画、歴史、Macが好きです。

【好きな音楽】advantage Lucy  Asobi Seksu  Zero7  Salyu  少女時代  Cymbals
【好きな映画】エレファント マグノリア リリイ・シュシュのすべて デュエット ドニー・ダーコ アンブレイカブル エターナル・サンシャイン インセプション
【好きな歴史】ヨーロッパ中世 人類史 古代史
【好きなもの】光・陰影、空間、奥行き、立体感、質感、古さ・新しさ、懐かしさ・名残、記憶・記録、構造・仕組み、機械仕掛け・全自動、時の経過、建築物、廃墟・廃屋、坂道・階段、空・夕焼け、秋・冬、西欧中世、写本、古語、法学、万華鏡

早稲田大学法学部卒業
米系リゾート会社

宅地建物取引主任者東京都登録
TOEIC 930
Mac歴12年
写真歴6年
Photoshop・Illustrator歴少々
プリザーブドフラワー歴少々

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2008年12月17日 (水)

クォーターパウンダー

08120604 マクドナルドで「クォーターパウンダー・チーズ」という新しいハンバーガーがメニューに加わりました。本家アメリカのマクドナルドでは昔からおなじみのハンバーガーでしたが、それがこのたび日本でも発売されることになりました。

「クォーターパウンダー」という名前を聞いて、昔みたクエンティン・タランティーノ監督の映画「パルプ・フィクション」を思い出しました。私はこの映画の、ストーリー展開とはまったく関係のない、そのくせにだらだらと続く登場人物たちの他愛もない会話がとても好きだったのですが、その会話にこの「クォーターパウンダー」の話が出てきます。

ヨーロッパから帰国したマフィアの殺し屋、ビンセント(ジョン・トラボルタ)が、マフィアを裏切った青年一味を殺しに向かう途中、相棒のジュールズ(サミュエル・L・ジャクソン)に、パリで寄ったマクドナルドの話をします。
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「パリのマクドナルドで、クォーターパウンダー・チーズをなんて呼ぶか知ってるか」
「なんて言うんだ」
「“ロワイヤル・チーズ”」

なぜそのまま“クォーターパウンダー”と呼ばないのかというと、フランスは元祖メートル法の国なので、フランス人に“パウンダー”と言ってもピンとこないからとのこと。

「じゃ、“ワッパー”はなんて言うんだ?」
「知らない。バーガーキングには行かなかった」

…なんてどうでもいい会話!(しかもけっこう長回し)、と映画を観た当時思いつつ、そんな無駄な会話のシーンが映画の約3分の1くらいを占めていることがとても新鮮で、ついでにメートル法ゆえ“パウンダー”を商品名に入れないことにも妙に納得してしまったのをよく覚えています。
※実際フランスのマクドナルドでは、たしかにクォーターパウンダー・チーズを“Royal Cheese”と呼ぶそうですが、“パウンダー”を除いたのがメートル法ゆえかどうかは不明です。たぶん単に語呂の問題だと思いますが。

その後、ビンセントたちは、マフィアを裏切った青年一味のアジトに到着。ジュールズは、ちょうどハンバーガーを食べていた青年のリーダーに、フランスのマクドナルドでクォーターパウンダー・チーズが“ロワイヤル・チーズ”と呼ばれていることを話します。そして、青年になぜそう呼ばれていると思うか質問してみます。
「メートル法だから?」と、あっさり答える青年。
青年はジュールズに撃ち殺されます。
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メートル法にあわせて商品名を変えるという律儀なヨーロッパとは違って、同じメートル法の日本ではそのまま「クォーターパウンダー」という名前での販売となりました。日本では意味よりも商品名としての響きがポイントなのでしょうね。

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2008年12月 1日 (月)

話を3分でまとめられる男、喫茶店で2時間話がもつ男

先日本屋で「話は3分でまとめろ!」とか「男の心をくすぐる3つの言葉」なんて本をみかけたのですが、こういう本が100頁も150頁もあるのって、なんかタイトルと矛盾しているような気がするのですが、どうなんでしょうか…

そんな“教えて!goo”並な疑問とはあまり関係ない話ですが、先日吉祥寺のおいしいレストランに行きました。

081130_2 吉祥寺中道通りの路地を入ったところにある「Galopin(ガロパン)」というお店は、「Talk Back」というここ近辺では有名な老舗ビストロの姉妹店だそうで、気軽においしいフランス料理が楽しめる「パリの路地裏食堂レストラン」です。半階地下におりた店内は、控えめなライトとキャンドルで照らされたアンティークな家具によって、お手頃な値段のわりに上品な雰囲気を楽しませてくれます。(>>お店のHP)

「ゆっくり時間を気にせずにディナーを楽しむレストラン」というのがこの店のモットーらしいのですが、料理が出る時間は、それはもうほんとうにゆっくりで、サラダの後、メインディッシュが出るまで優に30分はかかったでしょうか。自分が注文したのが“鳩のむね肉”のなんだったのかも忘れてしまうほど。2時間半ほどかけてじっくり料理をいただきました。席の数もそれほどないので、満席になると、扉を閉じてカーテンを閉めてしまいます。ゆっくりゆったり時間を過ごしたい方におすすめです。

ところで、これまた最近見かけた本の話ですが、「喫茶店で2時間もたない男とはつきあうな!」という本がありました。Galopinのような雰囲気のあるレストランで2時間を過ごすならよいですが、喫茶店でコーヒーを飲みながら2時間話をもたせるのは、よほど合う話題でもないかぎり相当敷居が高いと思うのですが、世の男性たちはどうなのでしょう。話は3分でまとめろとか、喫茶店では2時間話をもたせろとか、男性はなにかとたいへんです。その点、女性はたった“3つの言葉”で男心をくすぐれて簡単ですね。ちなみに、この3つの言葉が何なのか、見るの忘れてました。気になりますね。
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<話のデキる男のベン図>(総務省統計局より…ウソ)

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2008年5月 3日 (土)

気になるシャッター

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世田谷のある商店街を歩いていたら、奇妙なシャッターを見かけました。

「じゃ また  ね」と書いてありますが、なにやら字を消した跡がみえみえで、いかにも不自然ですね。近づいてよく見てみると、元は「もんじゃ・お好み焼きの店」「また来て」と書いてあったようです。

閉店したんですね…。

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2008年4月20日 (日)

怖い話

080419

某有名掲示板でちょっと怖い話をみつけました。以下はその掲示板からの抜粋です。

※このブログで読みやすいよう、改行位置を若干修正しています。

503 名前:1/3 ◆zxEvCWYvb6 投稿日:03/12/15 16:24

友人から聞いた話です。
彼は神奈川のある高校にバスで通っていたんですけど、 そのバスによく乗ってくる奇妙なおばあさんがいたそうです。
別に見た目が奇妙とか、気が狂っているとか、そういう奇妙さじゃなくてなんというか、不気味な気配が漂っているけど何が変なのかはわからない、そんな感じのおばあさんだったそうです。
見た目は良家の未亡人風というか(「ジョジョの奇妙な冒険」という漫画の第二部に出てくるジョジョのばあちゃんみたいな感じだといっていました)毅然とした感じの寡黙なタイプで、でもこの世の人ではないような、そんなおばあさんだったそうです。
彼は霊感があるわけでもなく、それまでに怪談めいた体験をしたわけでもないのですが、このおばあさんがバスに乗ってくると、いつも 「これから何かあるんじゃないか」という言い知れぬ恐怖感に襲われたと以前からよく言っていました。

504 名前:2/3 ◆zxEvCWYvb6 投稿日:03/12/15 16:26

冬のある日、いつものようにバスで高校に行く途中、おばあさんが乗ってくると既にバスに乗っていた乗客の一人がおばあさんに話しかけました。
話しかけたのは帽子をかぶってシルバーシートに座った、老紳士といった感じの人で、その人の連れらしい、同じような恰好の40代くらいの男性が二人大きな鞄を持ってそばに立っていました。
老紳士とおばあさんが何を話したのかは友人には聞こえませんでしたが、ふたことみこと会話を交わしていたようです。
そして突然老紳士のほうが「それだけはさせません!!」とバスの中で大きな声をあげました。
見ていた友人だけでなく、周りの人たちも何があったのかとそっちを一斉に振り向きましたがそのときには老紳士の連れの人が鞄から何か丸いボールのようなものを取り出していました。
それがなんなのかはわからなかったそうですがとっさに友人は、自爆テロでバスが爆破されるというようなニュースを思い出し、まさかそういうような恐ろしいことが起きるのかと思いましたが、しばらくは何も起きず、老紳士とおばあさんはにらみ合いをしたまま黙っていたそうです。
そのまま何分か何秒かはわかりませんが、バスの中で気まずい沈黙が流れていたところ突然バスが急ブレーキをかけました。
運転手さんがアナウンスで「急ブレーキで大変ご迷惑様です。この先緊急工事ですので迂回いたします」みたいなことを言って、いつもと違う道に入りました。
しばらく行くと急に外が暗くなって、「あれ、トンネルかな?」と思ったところで ふと記憶が途切れ、気がつくと病院のベッドだったそうです。

505 名前:3/3 ◆zxEvCWYvb6 投稿日:03/12/15 16:27

実は友人は、道で倒れているのを通行人に通報され、友人は意識のないまま病院に運ばれたようなのですが、友人が入院したのは小さな病院で
バスに乗っていたほかの客が入院したらしい様子もなく、結局バスはどうなったのか、僕にも友人にもよくわからないままでした。
翌日の新聞でそれらしい事故が載っていないか探したのですが とくに見当たらず、それっきりになってしまい、無理に探すのはあきらめました。
というのも、実は意識のもどった友人は脳に障害が残ったのか、ちょっと何を言ってるかわからないような感じになっていて、この事故のエピソードも二日に分けて根気よく聞きだして判ったものを僕がまとめたもので、本人の口から聞いただけでは何がなんだかわからずじまいでした。
直後にいったんは退院して、あちこちにこの話をして彼なりに詳細を確かめようとしたみたいですが、「インターネットでも相手にされなかった」というようなことを言っていました。
(このとき彼と話をした人、この板にはいないかなぁ。交通関係の掲示板とかかな)
その後また日に日に具合は悪くなり、去年の夏くらいに亡くなりました。

僕が大学で、オカルト好きの別の友人にこの話をしたら
おばあさんが悪霊とかで老紳士のほうは
拝み屋の類だったんじゃないかと言ってましたが
それもまた考えすぎな気もします。

516 名前: ◆zxEvCWYvb6 投稿日:03/12/15 23:25

さっき帰ってきた。
まぁ>>507の言うとおりで、看護婦にきくってのは思いつかなかったが家族には当時にも状況を聞こうとしたよ。本人があの状態(何言ってるか不明)じゃ。
でもな、兄弟同然に育った幼馴染とか言うならともかく高校になってから知り合った連れで、親の顔見たのはその病院で初めてだぜ?
それでしかも、今にも消え入りそうなちっこい弱そうなオバチャン(そいつの母親)が泣きはらした真っ赤な目でオロオロしてるんだぜ?
さすがに根掘り葉掘りは聞けませんでしたよ、悪い気がして。
で、「警察にも連絡してるから、事件や事故だったらあとで何か学校に連絡が行くでしょう」って話を聞くのが精一杯でしたよ。

学校に刑事が来たりした様子がないところを見ると、警察の出した結論は「そいつが登校中に昏倒→意識錯乱、というだけで事件性はなし、言ってることは全部でたらめで混乱してるだけ」ってあたりなんでしょう。
ま、俺が刑事でも普通はそう考えるな。

 532 名前:名無しさん・・・ 投稿日:03/12/16 01:30

思い出せない・・・学校にいくバスに乗ってて、おばあさんが出てきて、落ちがないような怪談・・・絶対見た気がするんだけどデジャブかな・・・

 533 名前:名無しさん・・・ 投稿日:03/12/16 02:53

>>532
これか?  >>別の掲示板へのリンク

>>503の友人が書き込んだのかもな。

 

ここで、次の別の掲示板が紹介されます。日付に注目してください。上記の書き込みがされる2年半以上前の書き込みです。
 

860 名前:名無しさん・・・ 投稿日:2001/02/28(水) 20:59

僕はいつも学校に行くためにバスに乗ってるんですけど、
そのバスは右に曲がった
そのいつも乗ってるバスで、ある日おかしな事があったんです。
だって、いつものような、おばあさんもがいるから、最後まで行ったんです。痛いから。
それで、そこまでは別に良かったんですけど、めちゃくちゃ大きい紙袋の紙じゃない版みたいなのがあって、ボールみたいなのもあって、シルクハットをかぶってる人もいっぱいいたんです。
おかしいですよね?普通の道を通ってるのに。
それでもバスはずうっと普通に進んでたんですけど、ある道を左に曲がった所で、いきなり急ブレーキをしたんですよ。
それで、本当に急にキー---って止まったんで、中に乗ってた人が、バランスを崩してこけそうになったんです。
僕は席に座ってたんで大丈夫だったんですけど。

でも、本当におかしい事は、学校に行く直前に起こったんです。
そのバスはいつも、大きな公園の横を通って行くんですけど、その頃、ちょうどそのいつもの道は工事してたんで、ちょっと遠回りして、トンネルがある方の道から行ってたんです。
それで、そのトンネルのちょうど真中ぐらいまで通ったところで、そのバスが”ガチャ”とか言いながら止まったんです。
僕はもちろんおかしいな、と思いました。
で、気づくと、バスは既に学校前のバス停に着いてました。
僕は、あれ?おかしいなぁ?とか思いながらバスを降りて、その日も普通に学校に行きました。
そのバスに乗ってた人はもうみんな死んだんですけど。

 861 名前:名無しさん・・・ 投稿日:2001/02/28(水) 21:30

>860
あなたの文章、とても恐いです。
意味が全然わかりません。
このスレで一番こわい・・・・・・・。
 

再び最初の掲示板に戻ります。

 

534 名前:名無しさん・・・ 投稿日:03/12/16 02:57

>>533
なんか、すげーに似てるな。
話と。

一体何が見えたんだろうね?
少なくとも、そのURLの話はまったく理解不能だが。

535 名前:名無しさん・・・ 投稿日:03/12/16 02:59

>>533
それかも。
うわー、そう考えると>>530の友人自身が書いたってのもありそうだが
それはさすがにできすぎだろ。偶然の一致であってほしい。

536 名前:535 投稿日:03/12/16 03:02

それ2001年だから時間的にはありうるよな、と思って
2001 バス 事故 で検索かけたら

http://www.asahi-net.or.jp/~wh4k-bnb/dosa/2001/20010203.html

これ湘南高校って書いてるけど>>503も神奈川って書いてあるよな・・・。


幽霊の仕業だったとか祟りだったとか、何か物語っぽいオチがつけば、まだ一つの「奇譚」として割り切れますが、このような匿名掲示板の書き込みのように、オチもなく、結論もない、誰が書いたのかもわからない、どこまでが事実なのか、それともまったくの創作なのか、その境界線が見えない話の方が、不気味な後味が残って怖いですね。

バスに乗っていたおばあさんと老紳士は何者だったのか、トンネルの中でいったい何が起きたのか、少年がバスの乗客たちはみんな死んだと言った意味は?そしてその少年も……。フィクションだろう(であってほしい)と思いつつも、ふと想像したくないことをいろいろ想像してしまいます。自分の中で勝手にむくむくと育つ恐怖がいちばん怖いですね。

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2008年4月 9日 (水)

井の頭池の桜

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井の頭恩賜公園 井の頭池

今年は桜の開花が早かったそうで、4月最初の日曜日に井の頭公園に行ったときにはもうほとんど花が散ってしまっていて残念でした。池に浮かぶ花びらだけが、満開だった頃の様子を残していました。

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2008年3月31日 (月)

辞書で調べる

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最近パソコンや携帯が便利なおかげで、すっかり辞書を引かなくなってしまいました。「宥恕」「知悉」「瘴気」なんて難しい単語はワンクリックで検索。「すこぶる」「おもむろに」「はんちゅう」なんて書けるか相当あやしい単語も一発で変換。漢字を見て「ああそうだった」なんて思い出した気になってはいますが、ほんとはほとんど覚えていません。

中学や高校の頃、辞書を引いて意味を調べてみたものの、いまいちしっくり来ないこともあって、なにか辞書に対して引け目を感じたこともありました。例えば、「抽象」という単語を辞書で引くと、「事物や表象を、ある性質・共通性・本質に着目し、それを抽(ひ)き出して把握すること。」とありますが、当時の自分は、これを読んで「抽象」という語の解説を読んだ気になっただけで、本当の意味はさっぱり理解していませんでした。もっと身近な言葉で教えてくれないかと思ったものですが、このような説明の“堅苦しさ”が辞書らしさでもあるのでしょう。

しかし、中にはもっと身近な言葉を使って意味を伝えようとする辞書もあります。三省堂から出ている「新明解国語辞典」という辞書は、単語の説明がひときわユニークなことで一時話題になり、これをテーマにした本まで出ました。私もたまたま高校生の頃この辞書を使っていたので、話題になってからあらためて読んでみて、辞書の編纂者もいろいろと創意工夫を凝らしているんだと感心しました。

例えば、「恋愛」という語を辞書で引いてみます。広辞苑(第五版)には次のようにあります。

れんあい【恋愛】
男女が互いに相手をこいしたうこと。また、その感情。

「男女が互いに相手をこいしたう」─たしかにそのとおりですが、説明になっているような、なっていないような…何かものたりないですね。例えば異性を意識し始めた年頃の中学生がこの言葉を調べたらどうでしょう。恋愛にまつわる男女の気持ちの片鱗でも感じ取ることができるでしょうか。

新明解国語辞典(第五版)には次のようにあります。

れんあい【恋愛】
特定の異性に特別の愛情をいだき、高揚した気分で、二人だけで一緒にいたい、精神的な一体感を分かち合いたい、出来るなら肉体的な一体感も得たいと願いながら、常にはかなえられないで、やるせない思いに駆られたり、まれにかなえられて歓喜したりする状態に身を置くこと。

どうでしょう。広辞苑が大人っぽくさらりと無難にまとめているのに対し、新明解国語辞典はもっと真正面から言葉の意味を表そうとしていますね。「…一緒にいたい、…分かち合いたい、…一体感も得たい」と3度もたたみかけられると、あまりに初々しくて読んでいるこっちが赤面してしまいます。しかし、この気恥ずかしくなるような気持ちの表現によって、事実大人の私たちにとっては多少気恥ずかしいものでもある恋愛の意味をよく読み手に伝えていると思います。これこそ言葉の意味を伝えるという辞書の本分ですね。「常にはかなえられないで、やるせない思いに駆られたり、まれにかなえられて歓喜したりする」─まだ恋愛を知らない若い人たちは、これを読んでどのような将来の出会いを想像するでしょうか。

ところでみなさん、「右」という言葉は辞書でなんて説明していると思いますか?自分なりの説明を考えてみて、お手持ちの辞書を引いてみるとおもしろいですよ。

Pic02

写真は新明解国語辞典第五版より。
ちなみに、今年発売になった最新の新明解国語辞典第六版では、この第五版まであった「肉体的な一体感も得たい」の箇所は削除されたそうです。ちょっとそこまでは言い過ぎではとの意見もあったのでしょうか(笑)。長年この辞書を愛読している人たちからはこのことを惜しむ声もあったとか。

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2008年1月20日 (日)

日曜日のパスタ

Sundaypasta

私の好きなadvantage Lucyというバンドの「Sunday Pasta」という曲のPVをみていたら、なんだか無性にパスタが食べたくなりました。PVで、コックさんの格好をしたボーカルのアイコさんがパスタを作り、それをメンバーたちがおいしそうに食べるのです。

オリーブオイルとトマトに、バジル、ローズマリー、オレガノ少々を加えて、私流あっさり“Sunday Pasta”のできあがり。今日はにんにく抜きで、ちょっと大盛りです。いただきます。

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2008年1月 1日 (火)

和風テーブルマット

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明けましておめでとうございます。

ここ毎年、海外に住んでいる両親と姉の家族が年末に帰国し、弟や妹もそろってお正月を迎えていたのですが、今回は姉の家族だけが帰国し、弟も用事があって来られないとのこと。そこで、姉たちと今回はシンプルなお祝いをしようということになりました。それでも長く海外に住んでいる姉家族にとって日本のお正月はとても貴重なイベントなので、年末は姉もアメリカ人の夫といっしょに築地まで買い物に出かけ、代々家族に伝わっている(らしい)重箱セットを家のどこからか持ち出して、おせち料理作りに励みます。

大晦日の夜、そんな姉に赤と白の紙を数枚手渡され、お正月っぽい和風のテーブルマットを作ってほしいと頼まれました。「お正月っぽい和風の」と言われても、はさみできれいな鶴を切り取れる自信もなければ、富士山の繊細な傾斜を切れる自信もなし。去年4才の姪といっしょにやったように、適当に切った三角形や丸をぺたぺた貼っただけでは手を抜いたことがバレバレなので、今回は(適当な思いつきで)“曲線”をテーマにしてみようと思いました。この際、お正月っぽさは、赤と白のコントラストがどうにかしてくれるだろうと思ったのです。

赤の厚紙に手のおもむくままにカッターを走らせて曲線を切り取るのもけっこう気持ちのいいもの。これを白の紙に貼り付け、写真のようなテーブルマットを6枚作りました。

まあ、こうやって敷いてみるとちゃんと和風に見えますよね。…見えますよね?

Img_3066

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2007年7月23日 (月)

静かな日曜日

Sunday

日曜日に阿佐ヶ谷まで出かけました。

JRの駅から程なく歩いたところに『静かな日曜日』というかわいい名前の小さなカフェをみつけたので、ちょっとのぞいてみようと思ったのですが、扉は閉まっており、あいにく今日はお休みの様子。…『静かな日曜日』なのに日曜日はお休み??

あとで調べてみたら、開店は夕方からで、日曜日も営業しているとのことでした。タンゴ好きの集まるタンゴカフェ・バーだそうです。いつか行ってみたいです。
>>公式サイト

ついでに、こんな店もみつけました。ラーメン屋はじめました。
Katsumiya

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2007年7月14日 (土)

7月の夕焼け

July
写真をクリックすると拡大します。

まだ梅雨も明けない7月初旬のある雨の日の夕方に、わずかな間だけきれいな夕焼けが広がりました。
夏が待ち遠しいですね。

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2007年3月 1日 (木)

ローマ人の物語

Romans

塩野七生の著書「ローマ人の物語」(新潮社)が、第15巻をもって完結しました。本書は、古代ローマの1000年余に及ぶ歴史を14年間にわたって描いた全15巻の大作ですが、タイトルからもわかるとおり、また、著者自身述べているように、史料研究等に基づくいわゆる「歴史書(historia)」ではないため、ローマの歴史を時系列でつづりながらも、ところどころに著者による大胆な憶測や人物に対する鋭い視線に基づく描写があるのが特徴です。その点が本書の賛否を分けるところでもありますが、古代ヨーロッパの一歴史テーマであるにもかかわらず、これだけ長い間日本の読者を魅了し続けたのも、著者によって力強い息を吹き込まれた歴史的事実や人物を通して垣間見えてくる、史上空前の古代帝国のいきいきとした姿に、多くの人々が想いを馳せたからでしょう。

かくいう私自身、当初それほど古代ローマの歴史には興味がなく、むしろ西ローマ帝国崩壊以降のゲルマン、ノルマン、スラブの大移動から十字軍、ルネッサンス、宗教改革に至るまでの中世ヨーロッパ世界の形成の方に興味がありました。しかし、中世を学べば学ぶほど、また、本書を読めば読むほど、西欧史においてローマ史を知らずして中世を語るべからずということを痛切に感じます。事実、西ローマ崩壊後、ヨーロッパ世界は混乱と争いの暗黒時代へと突入していきますが、ローマが作り上げ、そして維持し続けた「国家」としての根本機能、すなわち法と秩序に基づく安定した人と社会の統合・運営機能を、ヨーロッパ諸国が再び取り戻すのは、実に1000年以上後の「近代」と呼ばれる時代のことになります。西ローマ帝国が消えたことによってヨーロッパ世界から何が失われてしまったのか、そして、それをどのようにしてヨーロッパ世界は再び取り戻していくのか、その過程でもある中世ヨーロッパ世界を理解するには、是非ともローマの歴史を一度のぞいてみる必要があるわけです。

経済、税制、法制、国防、人口問題、雇用問題、インフラの整備、民族問題─およそ現代のどの国家もが今なお直面し苦悩する諸問題に、すでに紀元前のローマは果敢に取り組み、数百年間にわたって安定した統治システムを維持しました。紀元2世紀には、東はメソポタミアから西はイベリア半島、南はアフリカから北はブリテン島にまで及ぶ広大な領土に達し、「パクス・ロマーナ(ローマの平和)」を迎えます。アジアの果ての我が国がようやく中国の史書に登場し、「倭国乱れ、相攻伐すること歴年」(魏志倭人伝)と記録される頃より100年も前の話です。

しかし、盛者必衰の理はそのようなローマにとっても例外ではありませんでした。紀元395年、帝国は東西に分裂し、以後東ローマは独自の道を歩み、西ローマは蛮族の侵攻を受け、紀元476年に滅亡します。最終巻は、このローマ帝国の東西分裂から西ローマ滅亡までを描きますが、ローマが一日にして成らなかったのと同様、ローマの滅亡もまた一日にして起こったわけではありませんでした。本巻の後半は、西ローマ滅亡より、東ゴート族、東ローマ皇帝ユスティニアヌス、ロンゴバルド族による度重なる侵入によってローマがローマでなくなっいった過程が淡々と語られ、長い物語を終えます。

今から14年前に刊行された第1巻の冒頭に「読者へ」と題してこうあります。

 なぜローマ人だけが、あれほどの大を成すことができたのか。一大文明圏を築きあげ、それを長期にわたって維持することができたのか。〜(中略)〜これらの疑問への解答を、私は急ぎたくない。人々の営々たる努力のつみ重ねでもある歴史に対して、手軽に答えを出したのでは失礼になる。また、私自身からして、まだはっきりとはわかっていないのである。史実が述べられるにつれて、私も考えるが、あなたも考えてほしい。「なぜローマ人だけが」と。

 それでは今から、私は書きはじめ、あなたは読み始める。お互いに、古代のローマ人はどういう人たちであったのか、という想いを共有しながら。

著者が書き終えてしまった今、以後この問いかけは読者各人の胸の中でなおつづき、私たちは古代ローマ人たちの姿に想いを馳せつづけることでしょう。

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2006年11月 6日 (月)

11月の月

Moon

11月のきれいな満月です。

人類が初めて月に降り立ってから30数年たちますが、それ以降、人を月に送る計画はほとんど聞かなくなりました。当時に比べ、ロケット技術や素材の開発技術、コンピュータの処理能力などが飛躍的に向上したにもかかわらずです。おかけで最近、アポロは本当に月に行ったのか、国家の陰謀だったのではないか、などといったデマまで出てきてゴシップのネタになったりしています。

そもそも、アメリカが月に人を送り込むアポロ計画に躍起になったのは、東西冷戦下においてソ連とのロケット開発競争に敗れたアメリカが、国家の威信を取り戻すためには人を月面に立たせるようなインパクトあるプロジェクトを実現しなければならないと考えたからでした。国家も意地になるとたいそうなことができてしまうものです。任天堂の初代ファミコンよりも非力なコンピュータを積み、地球との通信に数分もの時間差が生じるような技術水準にもかかわらず、人を月面に立たせ、無事に地球に連れて帰ることを成し遂げました。(月にとっては、なんか不器用に動き回る奴らが突然やってきて、足跡ペタペタつけて、変な旗立てて、さっさと帰って行った、みたいな感じだったでしょうか。)

目的も達成され、優越感も満たされたせいか、その後、NASAの予算は縮小され、アポロ計画は終了します。以後、大国の意地と情熱は、より現実的、政治的実利につながる軍拡競争へと向けられることになります。古代メソポタミアの粘土板に「その熱意をもっとましなものに向けられないものか」という言葉が彫られていたそうです…というのは、今私が思いついたウソですが、7、80年代に東西諸大国が軍拡に費やしてきた膨大な費用とエネルギーをその後も宇宙開発に費やしていたら、案外今頃、人類は海王星あたりまで有人探査機を送ったり、月や火星で新たな鉱物資源や代替エネルギー源をみつけたりしてより豊かになっていたのかもしれないのに…なんてことを、再び地球から眺めるだけの存在に戻ったきれいな月を眺めながら、私は思ったりするのです。

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2006年10月30日 (月)

サンジェルマンのドーナツ

Jmbo

前回のブログで書いた私の大好きなサンジェルマンの「シナムドーナツ」です。「シナモン」ではなく「シナム」。シナモンシュガーがたっぷりかかっていて、生地もとてもきめ細かく、しっとりしたケーキのような食感です。コーヒーよりも紅茶が合うと思います。

ずいぶん昔からのお気に入りなのですが、最近「ジャンボシナム」という名前に変わったみたいです。でも、大きさは変わっていないし、ミスタードーナツのより一回り小さいし、どう見ても「ジャンボ」じゃないのに、なぜ? 一個80円。おいしいです。

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2006年10月25日 (水)

生動する形

 巷でなんとかの秋と言われるように、私も毎年秋になると、それまで夏の蒸し暑さで麻痺していた感覚がしだいに蘇り、まるでカラカラに乾いた土中で夏眠していた肺魚が水を得てはい出してくるように、新しい音楽が聴きたくなったり、情感を揺さぶるような斬新な表現に出会いたくなったりしてくるのですが、今年はなぜだか一向にそんな気分にはならず、きれいなフラワーの新作を作っても、Zero 7のかっこいい音楽を聴いても、はたまたジェームズ・エルロイのハードボイルドなサスペンス映画(※)を観ても、今ひとつ感情の針の振幅が弱いのです。(※「ブラック・ダリア」です。)

 まあ、そんな年もあるだろうと割り切って、ドーナツでも食べていればいいのですが、いや、そんなときこそあえて自分の普段の嗜好とは異なる芸術作品と対峙してみて、己の炯眼如何あるや試してみようと思ったりもするわけです。

Joan_miro

 数年前に行った世田谷美術館のジョアン・ミロ展の図録を見ていたら「生動する形」という作品がありました。今まであまり意識して見たことのなかった作品ですが、感覚がすっかり沈着しきった今の私には、頬をひっぱたいて目を覚ましてくれる恰好の作品です。

 真っ白なキャンヴァスからまず目に飛び込んでくるのは、真ん中より少し左に描かれた赤の太い縦の線。その左には短い黒の線。下には中途半端にのびた黄や青の横線、そしてその右には赤や黄、緑のこれまた中途半端に描かれたような弧。それらの周りは走り書きでもしたような細い黒線が描かれています。注意が必要なのは、黒線で「何か」が描かれているのではなく、黒線そのものが描かれているということです。

 ミロは「線」というものを、何かの形(フォルム)の輪郭を抽出した抽象的な描画とはとらえていなかったようです。通常私たちが、えんぴつで何かを描くとき、その物の輪郭を黒の線で描画します。しかし、自然界には「輪郭線」というものは存在しません。この輪郭線とは人間の目が物のフォルムを識別するために脳が自動的に抽出した「線」であり、そういう意味では「抽象的な描画」であるわけです。そこで逆に私たちが、ある線の描画を見ると、その抽象的な線は具体的に何を表しているのか、すなわち「この線は何を描いているのか」と、ついその還元作業を行おうとしてしまうわけです。この作業を行ってしまうと、ミロの作品から遠ざかってしまいます。

 ミロはこのように語っています。

私の絵の中では、形は動かないものであると同時に動くものである。動かないキャンヴァスに描かれているために、形は動かない。はっきりした輪郭をもち、しかも時にはある種の枠に囲まれているために、形は動かない。しかし、まさに動かないからこそ、動きを暗示するのだ。

地平線も奥行きの表現もないがゆえに、描かれた形は空間の深みの中を移動する。また、ひとつの色や一本の線は必然的に視線の移動を促すので、形はキャンヴァスの表面の上でも動くことになる。

 すなわち、彼の描く線の一つ一つは抽象的な「線」ではなく、空間と動きを「暗示」する具体的な描画なのです。では、そこから暗示される動きや深みのある空間とはいったいどのようなものなのか。

動かないものは私の心を打つ。…私は動かないものに接すると、決してやむことのない動き、無限の動きをはらんだ広大な空間に思いを馳せる。一つの小石は有限で動かない物体だが、それは私に運動を、しかも果てしない運動を示唆する。

私の絵を見る人が、そのような動きを私の絵の中に感じられないとしたら、全く意味のわからない詩を読んでいる俳優と同じだろう。しかし、それは非常にあり得ることだ。一枚の絵は、それを見る人にとっては、私にとっての小石と同じように、動きはただ暗示されるにすぎないから。

 友人宛に書かれた多数の手紙の内容から、ミロは絵画を描く際、非常に緊張したストイックな精神で制作に取り組んでいたことが伺われます。直観的に描いたかのように思われる線画も、多数の素描があることから、じっくり時間と熟慮を経て描かれたことがわかります。ただし、それは「緻密に計算された描写」などという、およそ私たちが思い至る範囲内にとどまる次元の創造的営為ではなかったでしょう。「無限の動きをはらんだ広大な空間に思いを馳せ」たミロが、その無限性を一本の線に込めた瞬間こそ彼の絵画芸術が誕生する時なのです。

 そんなミロの「暗示」に私たちは果たしてどこまで肉迫できるのか。絵を見るこちら側から、そのような孤高の精神を能動的に志向することもなく、単に展覧会で絵画の前を通り過ぎたり、画集のページをめくることをもって「芸術鑑賞」と称することに私たちはあまりに耽溺してはいないか。単なる「意味のわからない詩を読んでいる俳優」となってはいないか。絵画芸術と相対する者は、絵こそ描けないにしても、作者が絵画に向かったときの精神の振幅に共鳴しうるほどの精神の醸成はなしうるだろうし、またそうあろうとする心持ちが己をより作品の本質に近づけてくれるはずではないか。─なんてことを、秋の心地よい天気にサンジェルマンのドーナツなんかを食べながら、私は思ったりするのです。

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2006年6月17日 (土)

駅名の不思議

 昔、吉田戦車のマンガの一コマで、のどかな公園の看板に「ここは世田谷区ではありません。渋谷区」と書いてあるのがあって、とてもおかしかった記憶があるのですが、こないだ地下鉄の本郷三丁目駅に似たようなものがあったので、写真を撮りました。

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 この「本郷三丁目駅」、実は東京メトロ丸ノ内線の「本郷三丁目駅」と都営大江戸線の「本郷三丁目駅」の二つがあるのですが、それぞれ離れた場所にあり、連絡通路もなく、乗り継ぐには、いったん地上に出て数十メートルほど歩かなくてはなりません。ともに入り口は地味なので、間違う人が多いのでしょう。特に大江戸線は入り口から改札口にたどり着くまで、かなり深くまで下りるので、写真のような注意書きが通路のあちこちに何度も出てきます。─最初から違う駅名にすればいいのに。

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しばらく階段を下りるともう一枚。
「大江戸」を桃色にしてインパクトをつけています。
このあと、改札にたどり着くまでこれが二回出てきます。

 おもしろいのは、この「本郷三丁目駅」という駅、実は正確な位置としては、丸ノ内線の駅は本郷二丁目に、大江戸線の駅は本郷四丁目にあるのです。なぜ両者とも「三丁目」にこだわったのでしょうか。JR山手線の「目黒駅」は実は品川区にあって、「品川駅」は実は港区にあるのですが、それに通じるような謎ですね。

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2006年5月30日 (火)

雲模様

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 先日、しばらく激しい雨が降った後、みるみるうちに青空が広がり、残った雲の隙間から太陽の光が差し込んで来ました。こういう天気の日はたいていきれいな夕焼けが見られるので、家の屋上に出てカメラを構えていたのですが、この日はそれほどきれいな夕日は見られませんでした。しかし、夕日とは逆の方を向くと、さきほど激しく雨を降らせていた残り者の雲たちが、強い風に吹かれて、どんどん遠くへ飛ばされていました。こういう時の雲は厚みと躍動感があってとても好きです。

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2006年4月21日 (金)

人生、宇宙、すべての答え

 検索エンジンGoogleの「電卓機能」をご存じでしょうか。検索欄に「56+23」「1365-768」など入力すると、「56+23=79」「1365-768=597」と答えを計算してくれる機能です。単なる四則演算だけでなく、例えば「大さじ5を計量カップで」「23ガロンは何リットル?」「173ユーロは何円?」などの問いにも計算して答えてくれるとても便利な機能です。

 さてここで、「人生、宇宙、すべての答え」と入れるとどうなるでしょうか。なんとこれもちゃんと答えてくれます。嘘だと思う方は試しにやってみて下さい。→Google

──答えは「42」です。

 「42」とはいったい?──実はこの答え、イギリスのカルト的SF小説『銀河ヒッチハイク・ガイド』(ダグラス・アダムズ著)に登場するもので、物語に登場するスーパーコンピュータ「ディープソート」が、超知的異星人に「人生、宇宙、すべての答え」を問われ、750万年かけて計算した答えなのです。これを採用するとは、Googleもなかなか洒落ていますね。

 この小説は最近映画化され、DVDも発売されました。──異星人ゼネコンが宇宙空間バイパスを作るため、軌道上にあるじゃまな地球をあっさり爆破してしまう。平凡なイギリス人青年アーサーは、間一髪のところで異星人の友人に助けられ、宇宙のヒッチハイクに出る──タイトルといい、内容といい、なんともとぼけたようなB級SF映画ですが、ギャグなのか物理学なのか、それとも哲学なのか、そのあまりにエキセントリックな内容とイギリス流ブラックジョークがほどよく心地良い、とても愛くるしい作品です。子ども向けドキュメンタリー番組調のナレーションに始まり、何の映画を観ているのか忘れてしまうような、イルカの素敵なミュージカルのオープニングはちょっとにくらしいです。

 ところで、例の「42」ですが、物語では、この答えに納得のいかない超知的異星人たちが、なぜ答えは「42」なのか、コンピュータ「ディープソート」に再度問いかけます。これに対してディープソートは、そもそも問い方が不適切であり、この「究極の答え」を導くための「究極の質問」が分かれば、「42」の意味も自ずと分かるであろうと答えます。そこで異星人たちは「究極の質問」とは何なのかに答えられる、より高性能なコンピュータをディープソートの設計に基づき造ります。内部に生命体をも組み込み、青々と輝く惑星なみに巨大な球体であるそのコンピュータの名は……
 あまり内容をばらすのはやめておきましょう。ぜひ映画をご覧下さい。(すぐ知りたい方はこちら)

 個人的にお気に入りのワンシーンを一つ。主人公アーサーとその友人は、ヒッチハイクした宇宙船からいきなり宇宙に放り出されてしまいます。銀河ヒッチハイクガイドブックによると、人間が宇宙空間で息を止めて生きていられるのは約30秒間。その30秒の間に、広大な宇宙空間で誰かに救出される確率は2の2,079,460,347乗分の1。この「2079460347」という数字、実はアーサーが一目惚れした女性と出会った仮装パーティー会場の電話番号と同じというオチ。…どこがオチなの?というつっこみはさておき、こういうちょっと確率論をおちょくったようなシニカルなところが好きです。

Hitch
宇宙空間に放り出されるアーサーと友人。
救出される確率について淡々とナレーションが入ります。



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2006年3月28日 (火)

三種の神器

 天皇の皇位承継の象徴である三種の神器、すなわち、八咫鏡(やたのかがみ)、八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)、天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)のうち、剣は熱田神宮に、鏡は伊勢神宮に神体として奉斎されています。天皇即位の儀式の際も、これら剣と鏡の現物が皇居に集められることはなく、レプリカが使われるそうです。私ははじめてこのことを知ったとき、なぜ皇位承継の重要な象徴である宝物が主人の下にはなく、別々の場所に置いてあるのか不思議に思いました。

 日本書紀や古事記では、三種の神器は、天孫降臨の際に天照大神(アマテラスノオオミカミ)により、その孫の瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)に授けられたとされています。日本書紀の神代記によると、アマテラスは神器の一つである八咫鏡を授ける際、「この鏡を私と思って拝みなさい。そして、常に鏡と床をともにし、部屋を一つにしなさい」と命じたそうです。ところが、第十代崇神天皇は、最初のうちは鏡を身近に祀っていたものの、後に「神と寝起するのは畏れ多い」として鏡を別の場所に移したそうです。そして鏡は最終的に伊勢神宮に祀られるようになりました。崇神天皇がアマテラスの命令に背いて鏡の場所を移した理由は明らかにされていませんが、もう一つの神器である八尺瓊勾玉についてとても気になる記述があります。八尺瓊勾玉が崇神天皇を祟り、天皇の皇女ヌナキイリヒメの髪の毛がすべて抜け落ちやせ衰えてしまったというのです。さらにスサノオがヤマタノオロチを退治して手に入れたとされる天叢雲剣 (草薙剣(くさなぎのつるぎ))についても、いったん熱田神宮に祀られていたのを、これを自らのそばに置こうとした天武天皇が剣の祟りにあったので、再び剣を熱田神宮に戻したというのです。崇神天皇が鏡を遠ざけた理由も、何かその祟りを恐れたからでしょうか。

 これらの出来事が記されている現存最古の史書である日本書紀は、天武天皇の皇子舎人親王によって720年に完成し、当時の天武王朝の正統性を確立する意図を持ったきわめて政治的色彩の濃い歴史書でした。そのような歴史書に天皇が三種の神器に祟られたことが記載されています。天皇の正統性を象徴するはずの神器が、なぜ天皇を祟るのか。そして、そのような天皇の権威を貶める事実をなぜ天皇の命を受けて編纂された国家の歴史書に堂々と書いているのか。世界の歴史書を見てもこのようなことはきわめて珍しいことであり、このような物を現在なお皇位継承のシンボルとしている王や君主も古今東西聞いたことがありません。そこには何か日本書紀には直接記すことのできなかった真実と、それにまつわる日本人固有の心性や情緒に基づく価値観や宗教観がかいま見えそうです。

 現在の学説によると、三種の神器はもともと天皇家オリジナルの物ではなく、当時大和朝廷が次々に制圧して他の氏族たちから奪い取った王権のシンボルだったのではないかという考えが有力です。そして、アマテラス、正確に言えばアマテラスのモデルとなった人物(※1)とその氏族こそが神器の正当な所有者であり、後にその王権を奪った大和朝廷の天皇は正当な所有者ではない。だからこそ天皇や皇族の病変などは三種の神器の祟り、すなわち王権を奪われた者たちの怨念によるものと当時捉えられた。そこで、アマテラスに遡る系統の正統性を象徴する三種の神器を保持しつつも、他方でその祟りから逃れるためには、それらを神体として神社に謹んで祀り、怨念を鎮める他なかった(※2)と当時の人々は考えたのではないでしょうか。たびたび登場する神器による祟りの記述からは、いかに当時の大和朝廷による他の王権の制圧、簒奪が強圧的に押し進められていたかが推察されます。しかし、そのことについて日本書紀は当然一切触れていません。ただ「祟られた」と記すのみです。王権を簒奪した事実を為政者が歴史上から抹消することはよくあることで、この点では大和朝廷も例外ではありません。しかし、大和王朝の人々にとって制圧された側の怨念は常に意識の根底にあり、歴史書においてもそのことを無視することはできなかったのでしょう。むしろ、その怨念を鎮めるために鎮魂の施設を建立するなど為政者としてしかるべき措置を講じ、そのことを記すことが当時の人々の死生観・宗教観に照らし公正なことであると考えられたのではないでしょうか。そこに当時の日本人ならではのユニークな心情が強く感じられます。

 時には天皇をも祟り、その出自すらミステリアスな三種の神器ですが、謎はこれだけにとどまりません。源平の合戦の最終決戦となった壇ノ浦の合戦 (1185年)の際、三種の神器は幼少の安徳天皇とともに赤間関(関門海峡)に水没したとされています。しかし、この頃、剣と鏡はすでにそれぞれ神社に祀られていたはずなので、水没したのは本物だったのか争いがあり、さらに、水没した神器は後にすべて回収されたとか一部のみ回収されたとかいろいろ説が分かれており、いったいどれが本物なのか今となっては確定できない状態になっています。しかも、古来より現在にいたるまで現存の神器とされている三つの宝物は箱の中に入れられて固く封をされており、天皇本人すらその中身を見ることは許されません。その真贋を検証することはいっさい不可能なのです。──三種の神器は、いったい誰の物だったのか。はたして実物は存在するのか、そもそも存在したのか。主(あるじ)すら手にすることが許されず、見ることも許されない三つの「神の器」。しかし、それでもそれらは今なお続く天皇の承継を象徴する物としての意義を与えられ現代に至っています。むしろそのような謎めいたところがますますその存在感を強めているようにすら思えます。

※1 スサノオの行状に怒って天の岩戸に隠れてしまい、世界が暗くなってしまったという「天の岩戸隠れ」の逸話で有名なアマテラスですが、このアマテラスこそ、中国の史書魏志倭人伝に登場する卑弥呼ではないかする説が古くからあります。魏志倭人伝によって卑弥呼が没したとされる西暦247年と次の248年の二回にわたって北九州で皆既日食が起きたことが天文学による計算であきらとなっており、これが天の岩戸隠れの記述と符号するというのがその根拠の一つです。魏志倭人伝には詳細な記録が記されているのに、日本の文献にはいっさい登場しない卑弥呼ですが、卑弥呼がのちに大和朝廷によって王権を奪われた側の王であったと考えれば、当然その存在は歴史書から抹消されるでしょう。

※2 剣と鏡が祀られている熱田神宮と伊勢神宮にはもともと「拝殿」がなく、人々に参拝される構造になっていなかったそうです。もっぱら神体とされた神器の怨念を封じ込めることのみを目的に造られたからでしょうか。

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2006年3月26日 (日)

感性のきっかけ

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先日、年明けから忙しかった仕事からようやく解放されたので、前から通ってみたかったプリザーブドフラワー教室の体験レッスンに行きました。

プリザーブドフラワーとは、生花に特殊な処理を施すことによっていつまでも生花と同等の新鮮さを楽しめる花のことで、長期間花の美しさを維持できるアレンジ を作成することができるのが魅力です。まだこの技術が開発されてからそれほど長くないのですが、生花の魅力をいつまでも保てる点や特殊な色 に染色が可能な点が注目を浴び、ここ最近人気が広まってきているようです。とは言っても、いわゆる「お花」を扱う趣味なので、やはり人気の中心は圧倒的に女性らしく、教室でも男性の受講はとても珍しいそうです。

レッスン中も話題に なったのですが、そもそも男性が花に興味を持つのはいったいどんなときか。たいがい女性にプレゼントして喜んでもらいたいときや、関心を持ってもらいたい ときというのが相場でしょうか。私の場合は純粋にきれいな花のアレンジメントに惹かれたので、とかっこよく言いたいところですが、よくよく思い出してみれば、私自身も昔女性に喜んでもらえるプレゼントを作ってあげたいと思ったことがきっかけでした。それ以前は、草木などは好きでしたが、一般の男性同様花そのものにはあまり 興味を持っていませんでした。

しかし、当時花が好きだった彼女に喜んでもらおうと、どんな花が似合うか、どんな色が似合う かなど普段男性ならあまり考えないようなことをあれこれ考えながら、見よう見まねで花をあしらったプレゼントを作っていく過程で、何となくきれいな花をアレ ンジする楽しみを感じ取っていたのでしょう。それはたしかに花そのものの魅力を純粋に見いだした瞬間ではありませんでしたが、女性に喜んでもらいたい 気持ちになっている男の少し特殊な心理状態が、それまではなかった新たな感受性を刺激し、感化させたのかもしれません。彼女とはその後縁はありませんでしたが、月日がたってもまた花をアレンジした作品を作ってみたいという気持ちは心のどこかに残っていました。思わぬことがきっかけで新たな自分の感受性を発見 することもあるわけです。たぶん恋愛のように心が少し日常と遊離した状態にあるときなどは、特によいきっかけになるのかもしれません。

ちなみに、当時何かの本を見よう見まねで作った花のプレゼントは、今から思えばどうやらプリザーブドフラワーではなく、ドライフラワーを使ったものだったようで す。プレゼントを作ってからだいぶ月日がたち、再びああいうものをもう一度作ってみたいなと思ったときに、たまたま書店で手に取った本がプリザーブドフラ ワーの本だったので、「これにちがいない」と勝手に思いこんでしまったのです。花に興味を持った動機がやや不純な上にドライフラワーとプリザーブドフラワーを勘違 いした男が数年後、荻窪のとても素敵なプリザーブドフラワーの教室で、初めてプリザーブドフラワーに触れ、本格的な作品作りに臨んだわけです。こういう始 まり方もたまにはいいでしょうか。

※プリザーブドフラワー教室:preserved flower petit lapin
私が通っている荻窪の教室"プチ・ラパン"です。素敵な作品が飾られたアットホームな雰囲気の一室で、楽しくプリザーブドフラワーが学べます。ぜひご覧下さい。

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